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美術教育における創造的思考力と表現力を高める教材の開発

−3Dモデリングソフトウェアーを活用した映像メディア表現の授業実践から−

広島大学附属福山中・高等学校   

美術科 高 地 秀 明   

 

はじめに

 急速に進化するIT技術と情報化がもたらす社会の変化は,美術文化や美術教育にも大きな影響を与えつつある。コンピュータを利用したメディアアートやデジタルアーチストの表現が注目され,従来の実素材による構想,制作,発表という手法からコンピュータという道具で構想,生成される表現に移り,インターネットなどのコンピュータネットワークで発表・鑑賞されるなど,ビジュアル・コミュニケーションの媒体も多彩になった。
 美術教育においても,コンピュータを活用した授業実践は珍しいものではなくなった。ペイント系のソフトを利用した絵画風の表現や画像処理,CADを利用したデザインワーク,さらにWebのデザインに至るまで既に多くの試みがなされている。また,美術文化遺産のデジタルデータベース化とネットワーク化が進み,それらを利用しての鑑賞学習も盛んになっている。
 2003年度から実施される高等学校の新学習指導要領では,美術に「映像メディア表現」が新たな学習内容として登場した。これは,情報社会に対応して,コンピュータ等の機器を使って手描きや手作りではできないメディア機器の特質を生かした表現をし交流する能力の育成をめざしている。コンピュータ等の情報メディアの発達に伴い,これまでの文字言語や音声言語による情報の伝達のみならず,形と色彩によるビジュアルな表現方法を使って,様々な情報を総合的に分かりやすく相手に伝えるコミュニケーションの能力の育成が重要視されているのである。
 情報社会に生きる現代の中学生・高校生たちの実態はどの様であろうか。テレビとともに育ち,コンピュータゲーム機で遊び,気軽にインターネットや携帯電話で情報の交換や収集を行う。幼い頃から学校や家庭で様々な情報機器に接しており,最近の調査では5割を超える家庭にコンピュータがあるという報告もある。したがって,子ども達は既にある程度のメディアリテラシーやコンピュータリテラシーを身に付けているのである。
 本研究では,上記のような子ども達の現状をふまえて,美術の授業の映像メディア表現において,コンピュータを有効に活用した創造的思考力を高めるための教材の開発をおこなうとともに,授業実践をとおして有用な活用方法や適切な指導のあり方について考察する。

研究の目的と方法

高等学校1年の美術の授業で,3Dのコンピュータソフトウェアーを活用して,ディスプレイに広がる3次元空間に自らの自由なアイデアで立体のモデリングをおこない,さらにその立体に動きを与えてアニメーションの作品として完成させるという題材を設定した。

教材としてのコンピュータの特性は,思いついた様々なアイデアをすぐに試すことができることとキャンセルが可能なことである。したがって,生徒それぞれが多彩な試行錯誤と様々な表現上の実験を活発におこない,意欲的な表現活動が展開されることが期待できる。

本研究では,このようなコンピュータの利点を生かし,生徒の創造的思考力を高めるための教材の開発と指導のあり方について実践研究をおこなった。

以下,授業実践の主な内容である。

  1. 領域:映像メディア表現
  2. 題材・テーマ:「立体を創る」
    −コンピュータを活用した3Dモデリング−
  3. ねらい

    素材であり道具であるコンピュータの特性を生かしながら,表現上の実験を積極的におこない,多くの試行錯誤の繰り返しから自らの意図にそった形態の構成や色彩表現の工夫をとおして,創造的な思考力を伸長する。

  4. 使用した3Dモデリングソフトウェアーの特徴

    授業で使用したソフトウェアーはMicrografx社の Simply3Dで,3次元のモデリング・レンダリング機能,アニメーション機能などが一つの使いやすいプログラムに統合したアプリケーションである。一般に3次元CGはやや難解であると言われているが,このソフトウェアは座標数値などを意識しないでマウスの操作だけで直感的に立体の形態を創る(入力)ことが可能で,多様な表現の工夫ができる。例えば,モデリングではワイヤフレームの稜線やアンカーポイントをマウスで移動することでオブジェクトの変形加工が容易にでき,さらに,オブジェクトに木材,石,ガラスといった質感を与えるには予め用意されているテクスチャーをドラッグ・ドロップするだけでよい。また,アニメーションについても「回転や移動」のテンプレートから選択し編集することで設定できる。このように平易で直感的に操作できるソフトウェアーは,生徒たちの表現活動を支援する道具として有用であると言える。

  1. 授業の主な展開(7時間扱い)



(2)
◇3Dのコンピュータグラフィックスの作品例を 鑑賞することにより,3DCGについての理解を深め興味関心を持つ。
◇ソフトウェアーの操作方法を学ぶ。
◇ソフトウェアの基本的な操作を体験して慣れる。





(4)
 

◇自分が創りたい立体のアイデアに従ってモデリング画面に直方体,球,円錐,円柱などの基本形態(
プリミティブ)複数表示(入力)する。
◇入力したプリミティブの変形や結合,回転,移動を繰り返しながら任意の形態を創っていく。
◇形態が完成したら物体の色やテクスチャーを設 定する。
◇形態を見つめるアングルを決めてレンダリング し,出来映えを確認する。
◇1〜4を繰り返しながらモデリングを完成す  る。
◇形態にアニメーション(動き)を設定する。
◇動画(AVI形式)としてファイル出力する。

 




(1)
1互いの完成画像を発表・鑑賞し,意見交換をする。3DCG制作の成果を確認する。
( )内は配当時間

 

  1. 作品制作のプロセスと指導のポイント

    1表現のための知識と技術の習得

    立体構成や3DCGに興味関心を持たせるために教科書や映像等で参考となる作品を鑑賞する。また,表現のための技術を身に付けさせるために,モデリング(オブジェクトの加工)からレンダリング,アニメーションの設定(作品の完成)までの基本的な操作を体験できるように基礎学習のマニュアルを作成しておく。

    2モデリング

    モデリング作業の中心となる3面図画面で直方体,球,円錐,円柱などの基本形態(プリミティブ)数個を表示(入力)する[図1]。次にそれらを「おもちゃの積み木やブロック」を組み立てるように,プリミティブを適当なサイズに変形したり,並べたり,積み上げたりしながら,回転や移動を繰り返して意図する形になるように構成していく[図3]。ここで重要なことは,プリミティブを構成しただけでは意図する形態は創れないので,オブジェクトを加工する技術を身に付けさせることである。加工の方法は幾つかあるが,例えば,ワイヤフレームの稜線やアンカーポイントをマウスで移動すること[図2]で変形が容易にできる。

 
[図1]

 

 
[図2]オブジェクトの変形加工

[図3]3個のプリミティブ([図1]のもの)を変形・加工しながら構成したもの (ワイヤーフレームで表示)
 

 

   3色彩とテクスチャーの設定

物体の色や木材,石,ガラスといったテクスチャー(素材の質感)を設定する。このソフトウェアーでは物体全体およびオブジェクトそれぞれに設定が可能である。オブジェクトに質感を与えるには,予め用意されている素材のデータ一覧から選択するか,または,ペイントソフトで任意に作成したものを使用することができる[図4]。色や質感は作品全体の視覚効果を大きく左右するので,繰り返し検討させる。

[図4]テクスチャーの設定(素材一覧の画面)

 

   4レンダリング

レンダリングとは,任意に設定した条件により,コンピュータが光源からの光と表面の反射や陰影・材質などを演算して画像を生成することである。オブジェクト同士の光の反射や写り込みなど,物体をリアリティーのある画像として表現することができる[図5]。制作者の意図を忠実に反映させるためには多彩な試行錯誤と実験が必要であり,積極的に取り組ませるようにする。


[図5]テクスチャーを設定の後,レンダリングした画像(球・円錐は木材,リングはクローム金属の設定)

 

   5アニメーションの設定と出力

作成した物体の全体やそれを構成する個々オブジェクトに対して動き(アニメーション)を設定する。このソフトウェアーは,X・Y・Z軸で回転,ループ,転がる,跳ねるといった約100種類の動きについてのテンプレートが用意されている。これらを組み合わせることで多様なアニメーションの設定が可能である。しかし,複雑な動作を設定した場合には膨大な演算が必要となり,コンピュータの能力によっては意図したとおりに再生されない場合もあるので,できるだけ単純なものにさせる。完成したアニメーションはビデオ(AVI)の形式で出力し保存させる[図6]。

 
[図6]アニメーションの設定と再生(生徒作品)

 

   6データの管理と閲覧

一般的な画像でもCGのデータサイズは大きく,特に3DCGの場合にはオブジェクトの数やアニメーションの構成数によっては2MB程度にもなる。また,データの読み書きが頻繁におこなわれ,途中経過も保存しながら作品制作するのでファイル数も増えるため,フロッピーディスクへの保存は適切とは言えない。本授業では,データは常にコンピュータ教室内LANを活用してサーバに保存した。サーバには各授業クラス毎と,その中に各個人毎のフォルダーを作っておき,生徒たちはそのフォルダーに決められたルールによるファイル名を付けて保存する。ファイル名は出席番号と画像の連番を組み合わせたもの(4a01-01.s3d はA組1番の生徒で,1番目の画像という意味)で,こうすることによって生徒の制作状況の把握や評価の際にデータを識別して把握できる。また,当校では校内LANが整備されており,これを利用すれば教師は校内のどのクライアントからでもデータの閲覧・管理が可能である。さらに,作品完成時の最終データはLANをとおして美術準備室内のHDに転送・保管し,MOやCDなどのメディアに複製して生徒に配布している。

 

  1. 評価の観点

    この題材で特に育てる能力や態度についての評価の観点は次のとおりである。

    1. 3次元をあつかう造形能力(自らの構想を表現活動 をとおして具体化していく能力)
    2. 立体の構成力(様々な形態を組み合わせ,レイアウ トする能力)
    3. 表現力(自らの意図に合った視覚効果を演出する能 力)
    4. コンピュータを造形的な表現手段として活用する能 力
    5. 自他の作品をみて,そのよさや工夫した点などを鑑 賞する能力

 

結果と考察

  1. 生徒の活動

    一般に,彫塑や立体構成の作品制作では粘土や木材・金属,紙やスチレンボードなどの多様な素材を使用するが,美術の授業として展開する際にはいくつかの困難な問題点や課題に直面することがある。その一つは,子ども達が素材を加工することについて,大きな抵抗感(物理的にも精神的にも)を抱くことである。絵画などの平面作品と異なり,彫る,削る,切る,付けるといった3次元空間を意識しながらの素材の加工には物理的なエネルギーを要するが,それ故に発想・表現に至る準備段階に多くの時間を費やし,素材への取り組みが臆病になる傾向が見られる。教師のねらいとしては,もう少し楽な気持ちで素材に接し,立体を形作る楽しさや面白さを体験させながら,造形的な構成力や表現力を育みたいと願っているにもかかわらず,うまくいかないことが多い。

    本教材の主要なねらいは,コンピュータを活用することで可能になる多彩な表現上の実験や試行錯誤を重要視することである。したがって,最終的に到達した表現の結果,つまり作品が如何に仕上がったかを問題にするのではなく,多様な試行錯誤を積み重ねていく表現のプロセスそのものが意味のある学習であると考えている。

    生徒たちの活動を見ていると,コンピュータという道具の利点をうまく生かしているようである。思いついたアイデアをすぐに形作ってみる,そこから新たな発想が生まれ,さらに多様な表現の実験を試みる,といった造形活動を意欲的に展開している。これらの活動は主体的でかつ能動的であり,生徒たちの創造的な思考は活発に働いていると考える。これはコンピュータという道具が生徒の創造的な活動を支援してくれているのである。

    実践研究において明らかになった3Dソフトウェアー活用の利点は,粘土をあつかうように,塊をくっつける,へこませる,削り取る,寄せ木造りのように様々な形態を結合する,などの造形行為をコンピュータの画面上で平易に実行できることと,自分の意図した結果が得られない場合はそのプロセスを遡ってキャンセルできることである。この繰り返しが容易であるために思い切った表現上の実験が可能となるのである。これらによって,個性的な構想力,編集や演出などの表現することの楽しさやおもしろさに主眼をおいた活動が展開できたと考えている。

  2. 生徒作品

    前記のように,この学習活動は最終的に到達した表現の結果のみを評価する作品主義ではなく,そのプロセスそのものに意味を認め重要視することを主眼に置いているが,作品の質や完成度について言及しないわけにはいかない。

    生徒たちは,コンピュータを思考するための道具として,その特性をうまく生かして作品制作に取り組み,結果として作品の質的なレベルも向上したように見える。しかし,その内容は一様ではない。純粋に立体構成として美しい形態を指向しているものもあれば[図7,8],TVなどで見かけるCGやキャラクターに似たようなものが現れたり,面白おかしいアニメ画像をまねたものも少なくない[図14,15]。現代の子ども達はTVとともに育ちコンピュータゲームで遊ぶ映像の世代である。そうしたポップカルチャーの影響があまりにも大きく,作品制作の中にそれが安易に登場するのではないだろうか。教師側の期待としては,そのようなものを排除したところでの純粋な形と構成の美しさや個性的表現の多様な可能性を探究してほしいと思っているのであるが,難しい課題である。今回の作品制作ではテーマを特に決めないで生徒に自由に制作をさせたが,むしろテーマを絞った限定的な課題の方が表現の多様な工夫や深化が期待できるのではないかと考えている。

 

まとめ

美術の作品制作や表現の学習活動は,本来,問題解決型学習であり,課題探求型の学習でもある。題材やテーマは設定するが,この学習には決まった正答はない。子ども達がそれぞれに課題を発見し,よりよく解決するために創意工夫を繰り返し,自らの知識や技能,個性や感性などと関わりながらそれらを総合的に働かせて表現作品を生み出すのである。つまり,自分なりの最も良い「正答」を探究し創造していく営みである。

しかし,幼い頃よりひたすら知識を詰め込み,どれだけ覚えたかを数値で評価されるという受動的な学習に慣れた現代の子ども達にとって,このような学習は何をしてよいのか分からず,学習活動が停滞したり,消極的になる場合も多い。これらの課題を克服するためには,導入時の学習の動機付けと能動的な学習が仕組まれた教材を準備しておくことがが重要となる。学習の参考となる幅広い多面的な資料や話題を提示することによって子ども達の視野を拡げ,題材に対する興味関心を持たせることが大切である。さらに,学習活動を活性化し創造的なものにするために,コンピュータを効果的に活用することも有用である。本実践研究ではコンピュータを創造的な思考を支援し,表現するための道具として活用した。生徒たちの思考は活発になり,主体的かつ能動的な学習活動が展開できたと考えている。

 

参考文献

学校におけるコンピュータ活用事例集 第4巻
 P.4795〜P.4805「表現する道具としてのコンピュータ」 (高地秀明 著)  第一法規

広島大学附属福山中・高等学校  中等教育研究紀要 第37巻


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